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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)68号 判決 1981年8月31日

原告

大西賢株式会社

被告

佐藤茂

右当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和51年審判第5936号事件について昭和55年1月23日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「瓶栓」とする実用新案登録第1112171号(昭和44年4月25日登録出願、昭和50年12月24日設定の登録)の考案(以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。原告は、昭和51年6月4日、特許庁に対し、本件考案に係る実用新案登録は、実用新案法第3条第1項第3号の規定に違反してされたものであるとして、実用新案登録の無効の審判を請求し、特許庁昭和51年審判第5936号事件として審理されたが、昭和55年1月23日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、右審決の謄本は同年2月27日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

本件考案の登録出願、登録関係は前項記載のとおりである。

これに対し、ドイツ連邦共和国(以下「西独」と略称する。)登録第1818016号実用新案(以下「本件西独実用新案」という。)は、1960年(昭和35年)9月8日登録されたものである。

ところで、請求人(原告)の提出した本件西独実用新案の「明細書の写」(甲第3号証、以下「引用例」という。)は、その作成年月日が明らかでない。

また、実用新案法第3条第1項第3号の規定にいう刊行物は頒布を目的とするものであり、ここに頒布とは、広くわかちくばることを意味するところ、西独においては、実用新案の明細書(原本)それ自体は、右の頒布性を有しないから、同法第3条第1項第3号の外国において頒布された刊行物には該当しない。

よつて、本件考案が同号に違反して登録されたものであることを前提として、その登録を無効にすることを求める請求人の請求は理由がない。

3  審決の取消事由

1 実用新案法第3条第1項第1号にいう「頒布された刊行物」とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図画その他これに類する情報伝達媒体をいうのであり、公衆からの要求をまつてその都度原本から複写して交付されるものであつても、右原本が公開されて公衆の自由な閲覧に供され、かつ、その複写物が公衆からの要求に即応して遅滞なく交付される態勢が整つているときは、右刊行物に当る(最高裁昭和55年7月4日第2小法廷判決参照)。しかるに、審決は、右の「頒布された刊行物」における頒布とは、広くわかちくばることを目的とするものと解し、公衆の閲覧を期待してあらかじめ公衆の要求を満たすことができるとみられる相当程度の部数が原本から複製され、広く公衆に提供されているようなものに限られるとした点で、右最高裁の判決にも反しており、誤つている。

2 更に、前記判決中にも判示されているとおり、西独では、実用新案の登録後は、その出願書類は、同国特許庁において公衆の閲覧に供せられ、出願書類中の実用新案の明細書の原本の複写物を望む者は、誰でも同国特許庁から又は私的サービス社を介して、通例注文発信後約2週間で入手することができるのである。

ところで、本件西独実用新案は、前記のとおり、本件考案の出願日より約9年余も前の1960年9月8日に登録されたものであるから、それ以来その明細書原本は公衆の閲覧に供され、その複写物は西独特許庁から又は私的サービス社を介して自由に交付されうる状況にあつた。しかして、引用例(甲第3号証)は、本件西独実用新案の明細書の複写物であるところ、原告の取引先であつて、日本に在住する西独人ウオルターレフアートが、これを昭和42年に西独から持参し、原告に交付したものである。

したがつて、本件西独実用新案の明細書の複写物である引用例は、本件考案の出願前日本国内又は外国のいずれにおいても頒布された刊行物に当るところ、審決がこれに当らないとした点は誤りであるから、審決は、違法として取消されるべきである。

第3被告の答弁

請求の原因1、2の事実は認める。

同3の1の主張は争う。同2のうち、西独においては、原告が主張するとおり、実用新案登録後は、その出願書類は、同国特許庁において公衆の閲覧に供せられ、また、その明細書の複写物を望む者は、同国特許庁から又は私的サービス社を介して入手できること、引用例(甲第3号証)が本件西独実用新案の明細書の複写物であることは認めるが、引用例が、原告の主張するような経緯で入手されたとの点は否認する。

第4証拠関係

原告は、甲第1号証ないし甲第10号証を提出し、証人ウオルターレフアート、同長尾義彦の各証言を援用し、被告は、甲第8証の成立は知らないが、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

1  請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決取消事由の存否について検討する。

1 実用新案法第3条第1項第3号の規定にいう頒布された刊行物とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図画その他これに類する情報伝達媒体であつて、頒布されたものを指すところ、ここに公衆に対し頒布により公開することを目的として複製されたものであるということができるものは、必ずしも公衆の閲覧を期待してあらかじめ公衆の要求を満たすことができるとみられる相当程度の部数が原本から複製されて広く公衆に提供されているようなものに限られなければならないものではなく、右原本自体が公開されて公衆の自由な閲覧に供され、かつ、その複写物が公衆からの要求に即応して遅滞なく交付される態勢が整つているならば、公衆からの要求をまつてその都度原本から複写して交付されたものであつても差し支えないと解するのが相当である(最高裁昭和53年(行ツ)第69号事件昭和55年7月4日判決参照)。

2 本件西独実用新案が1960年9月8日に登録されたものであつて、それ以来その明細書の原本が公衆の閲覧に供され、その複写物が西独特許庁から又は私的サービス社を介して自由に交付されうる状況にあつたこと、引用例(甲第3号証)が、本件西独実用新案の明細書の複写物であることは当事者間に争いがない。

ところで、証人ウオルターレフアート、同長尾義彦の各証言及び弁論の全趣旨によると、引用例は、かねて原告から西独製の瓶栓に関し調査の依頼を受けていた日本在住のウオルターレフアートが、1967年(昭和42年)に西独に渡つた際に、同人が同国で入手し、同年10月末ころに日本に持帰り、原告会社に交付したもの自体又はそのころ作成したその複写物であることが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、引用例(甲第3号証)が、本件考案の出願前に日本国内又は外国(西独)において頒布された刊行物に当ることは明らかである。

したがつて、これを右刊行物には該当しないとした審決は、その判断を誤まつた違法のものであり、これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

3  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 藤井俊彦 清野寛甫)

<以下省略>

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